泣く子には敵わない

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 ヘッドホンから流れる音楽が次に切り替わった。スマホのシャッフル再生で選ばれたそれは、イントロ一秒でタイトルが分かった。  亜砂(あすな)が学生の頃、繰り返し聴いて繰り返し唄った思い出の曲だ。自然と食器を洗う手がリズムを刻む。  Aメロに入り、ノリノリで歌詞を口ずさもうとしたとき、メロディと水音の合間を縫って届いてくる音がーー声があった。  すばやく水道を締めてヘッドホンを外すと、引き戸で仕切られた隣の部屋に入った。  電灯をおやすみモードにしている室内は薄暗く、声は壁際のベビーベッドからだった。 「ーー砂彩(さあや)ちゃん」  亜砂の胸くらいの高さのベビーベッドを覗き込むと、生後五ヶ月の娘が顔をしかめて泣いていた。 「よしよし、どうしたの」  尋ねても答えてくれるはずがない。  よいしょと抱き上げてべったり密着させるように抱っこする。背中をぽんぽんと叩いて安心させる。ママはここですよ、と。  徐々に泣き声がおさまってきた。呼吸も穏やかになり、体温も高くなっているような気がする。  ぽんぽん叩きからさすさす擦りに移行すると、段々と砂彩のちいさな身体から力が抜けてゆくのが分かる。  重い。  体重が変わるわけでもないのに、何故寝ている子は起きている子より重く感じるのだろうか。謎だ。  完全に寝入ったのを確認すると、そろっと慎重にベビーベッドに戻す。ここでしくじると努力が水の泡になり、一気に切なくなる。 (よーしよーし、そのまま寝ててよー?)  寝入った娘を起こさないようにベビーベッドに寝かせる。この技術に関しては、自分は匠だと自負していた(我が子限定だが)。他の人、たとえば夫や祖父母ではこうはいかない。  柔らかな寝息を立てる娘の寝顔。自然とこぼれる笑み。ぷにぷにのほっぺや口唇をつんつんしたい衝動に耐えつつ、亜砂は囁いた。 「おやすみ」
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