泣く子には敵わない

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 亜砂は耳を澄ませて、声の元を探った。  玄関までの短い廊下に出る。すぐ右に洗面所と風呂場とトイレ、左には寝室がある。  ……声は右から聞こえる。  そちらの方へ、一歩ずつ踏みしめるように歩を進める。  『W.C.』と書いた手作りのプレートがかかった水色のドアの前に立つ。ドアノブを握るとひんやりとしていた。  心臓の音が大きくなる。  震えながらも意を決して、電灯を点けると同時に開けた。 (……何も、無い)  洋式便器が無言で鎮座していた。何となく恐ろしくて、上がっていた便器のフタを下げた。  まだ泣き声はやまない。  心無しか、さっきよりも大きくなっている気がする。まるで来るのが遅い母親を咎めるように。  ママ、早く来て。  そう言っているかのように。  風呂場に続く脱衣所には目隠し用のカーテンがかけられていた。しかし風通しをよくするために今は開かれており、何も無いのは一目瞭然だった。  だとしたら。 (お風呂場……?)  曇りガラスが嵌め込まれたステンレス製のドアの向こう。当然だが真っ暗だ。  たぶんここからだ。  この向こうに、何かいる。  何かいる。  得体の知れない、何かが。  怖い。怖くてたまらない。だが、自分の他にか弱い存在がいる状況では確認しないわけにはいかない。  ーー砂彩のためだ。  亜砂は自らを懸命に奮い立たせた。  トイレと同じく、電灯を点けながらドアを思いきって開けた。  途端に開ける視界。真っ暗闇も晴れ、見慣れた風呂場の姿が眼前に現われ……  なおも続く赤ちゃんの泣き声が耳を打つ。  そこにあったのは信じられない光景だった。  水を抜いて乾いたバスタブの中に、砂彩が横たわっている。
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