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ゆっくりと振り向く。
声は廊下の向こう、キッチンから続く引き戸の部屋、砂彩が寝ている場所からだった。
砂彩の泣き声。
亜砂を呼ぶ声。
赤子の泣き声。
母親を呼ぶ声。
腕の中で眠る娘を抱きかかえたまま、亜砂はその声に導かれるようにあの部屋に向かった。
覚束ない足どりで、ベビーベッドに近づいていく。
ーーそこにあったのは当たり前の光景だった。
柔らかい綿の布団を敷いたベビーベッドの中に、砂彩が横たわっている。
可愛い顔をしかめて、一生懸命泣いている。
ママ、どこなの。
そう叫んでいる。
腕の中で眠っている砂彩。
目の前で泣いている砂彩。
どちらが本物のーー亜砂の娘なのか。
これは一体どういうことなのか。
そんな当然の疑問に意識を食われる前に、母親としての義務を通り越した何かーー本能のような衝動に突き動かされて、亜砂はもう片方の手を、そっと泣いている砂彩に伸ばした。
「よしよし、どうしたの……」
そうしていつものように、寝ぐずりをする娘をあやしはじめた。
了
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