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裕二は不安に駆られていた。原因は恋人の英子にあった。
英子は俗に言う社長令嬢。
出世欲の固まりである裕二にとってみれば申し分のない相手と言って良かった。
しかし、彼女は束縛が激しかった。
英子と会っている時、家でも、外でも、裕二は携帯電話を触ることを禁止されていた。
「私と会っているんだから良いじゃない。私以外の人と連絡取る必要あるの?」
これが彼女の理論だった。
「でも、急な仕事とかでさ、連絡取らなきゃいけない時もあるだろ」
ことあるごとに裕二はそう言い返す。
「将来は私のパパの会社を継ぐんだから、良いじゃない、今の仕事なんて」
「とは言ってもさ」
英子の言う通りなのだが、本当に英子と結婚ができるのか、会社を継げるのか、
すべてが未知数のこの状況で、今の仕事を蔑ろにするのはリスクが高すぎる。
もしもの場合を考えて、今の仕事は大事にしておきたい、と裕二は考えた。
「将来的にお父さんの仕事を継ぐにしても、今の仕事は仕事で大事にしていきたいんだよ。英子と知り合ったのも、この仕事のおかげだしね」
英子と出会ったのは3年前、裕二が26歳の時のことだった。
取引先の社長と同郷ということで会話が弾み、仲良くなった。
ホームパーティーに呼んでもらう間柄にまでなり、そこで社長の娘――つまりは英子と懇意になった。
裕二は英子に会った瞬間から、目を奪われた。
当時、結婚を誓い合い、同棲をしていた彼女を一方的に振ってまで、裕二は英子と一緒になった。
「とにかく仕事を蔑ろにはできないよ」
裕二がそう言うと、英子はムッとして「もういいよ。パパに言うから」と拗ねるのだった。
そこで裕二はあわてて、英子の機嫌を取らなくてはいけなくなる。
今や英子の父親の会社は、裕二の会社にとっては重要な取り引き先となっていた。
英子の父親をつかまえているからこそ、社内での裕二の評価は高かった。
彼女を怒らせることは賢明ではなかった。
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