第3章 同棲生活

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第3章 同棲生活

裕二と英子は、生活スタイルがまるで違っていた。 本当に小さなことだが、ご飯を食べる際、裕二は「いただきます」と言って、手を合わせるが、英子は無言で食べ始める。 食べ終わった後、裕二は食器をすぐに台所に片付けるが、英子は片付けない。 バスタオルは、裕二は次の日も使い回すが、英子は一度使ったら洗濯に回す。 裕二が英子の習慣に対して、疑問に思うこともあれば、逆もまた然り。 英子から裕二に対する習慣の注意も、うるさかった。 その疑問や注意が、小さなストレスとなり、積り重なり、裕二の大きなストレスとなっていた。 特に裕二がストレスに感じている部分は、挨拶だった。 朝起きて裕二が「おはよう」と言っても英子は無言だった。 夜に「おやすみ」と言っても無言、仕事から疲れて帰ってきて、「ただいま」と言っても無言。 子供のころから、挨拶だけはしっかりしなさいと教育されてきた裕二にとって、英子の態度が理解できなかった。 「せめて挨拶はちゃんとしようよ」 そう提案できればどんなに楽か。 そんなことを言えば、またヘソを曲げたり、言い合いになったりする。 無用なストレスは避けたかった。 同棲してから3カ月が過ぎようとしていた。 会社は決算の時期を迎え、裕二は多忙を極めていた。 毎日、終電での帰宅が当たり前になっていた。 今日も、慌てて終電に飛び乗り、疲れ切った体を揺らしながら、吊革に身を委ねた。 家の前に着くと、大きくため息をつきながら、玄関のドアを開けた。 「ただいま」 裕二のその声に、反応はない。 寝室のドアを開け、寝ている英子を見た。 「おやすみ」 裕二は英子に向かってポツリと呟いた。 英子はきっちり夜9時には寝ている。裕二の帰りを待つことは基本的にはない。 裕二は、なるべくお互いのライフスタイルは尊重したいと思っていたので、そこについて、とやかく言うつもりはなかった。 しかし、身体が弱ってくると心も弱ってくる。 裕二は、お風呂を温め直し、湯船に浸かった。 そして左手の手のひらを見た。 裕二は一時期同棲していた花江のことを思い返していた。 少なくとも英子よりは生活スタイルが合っていた。 二人の間には、当たり前のような挨拶があった。 「ただいま」「おかえり」「おはよう」「おやすみ」 そこには生きた言葉があった気がした。
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