1.彼の夢

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それを、私は少しだけ離れた場所で見ていた。 「幽霊、ね。」 誰に話しかけるわけでもなく呟いた。 「こんなに近くにいるのに気がつかないんだから不思議だわ。」 私は、真っ黒な空に輝く月に手をかざした。 その手は透けて、淡い月の光を映し出している。 「ああ、そろそろだわ。」 消えてしまう前に、大切な人に会えてよかった。 もう、何の未練もない。 彼もきっと、目が覚めたら全て忘れている。 全て 全て 全て… 「っ…」 声にならない何かが、喉の奥からこぼれた。 ああ、やっぱり私、この世界が好きだなあ。 大切な人たちと過ごしたあの日々が、大切で、大切で。 大好きだったこの世界に、最期の言葉を贈ろう。 「おやすみ。」 私が消えた世界には、ほのかに甘いあの花の香りが、薄く残されていた。 fin.
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