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「さてと、寝るか」
宣言したタツミがさっさと横になると灯里も慌ててそれに倣う。
「おやすみ、灯里」
そう言ったタツミの服の袖がそっと灯里に掴まれる。まだ心細いのだろうとそのままにしたタツミが、違和感を覚えたのはそれからすぐのことだった。灯里が静かすぎるのだ。人が無音で寝るのは難しい。意識を手放すのだ。わずかかもしれないが、寝息は聞こえてしかるべきだった。それなのに、息を殺しているように灯里からは音がしない。わずかに裾を掴む手が強まったり弱まったり。そっと目を開けて隣を見れば、瞬きもせずにタツミをじっと見ている灯里の姿があった。ただ、タツミを見ているという表現が正しいのかは難しいところだ。分かりやすく伺い見たはずだが、灯里はなんの反応もせず、視線がタツミの動きを追うこともない。
「寝ないのか?」
「ちゃんと、ずっと、居てください」
耐えきれずタツミが問いかけても、灯里からはうわ言のような言葉しか返って来なかった。見ているのかわからずともたタツミはしっかりと頷きを返して、その晩はもう言葉をかけないことにした。
結局、タツミは灯里が寝付くまで眠ることができず、予定よりも二時間も寝坊して朝を迎えることになった。
タツミがばね仕掛けのように身を起こす。袖が何かに引かれるのも構わず、鋭い視線を左右に降って、辺りの様子を探った。周囲に異常がないことを察して、次にタツミは自分と灯里に異常がないことを確かめる。そこまでを済ませてようやく気分を落ち着け、タツミは自身の失態に歯噛みした。
「遺跡で無防備に寝落ちるとか、あり得ないだろ」
自由な方の手で乱暴に頭を掻いてタツミがぼやいた。周囲に気を配ったまま休むことくらい、普段のタツミなら難なくこなす。
タツミが頭に伸ばした方と逆の手を見れば、未だに灯里が服の袖を掴んだままだった。寝入っている灯里の手をタツミが自分の袖から静かに外す。
立ち上がったタツミが改めて周囲を確認する。昨日から特段変わった様子は無かった。それでも失態に落ち込んだ気分を紛らわすように、残した灯里から離れすぎない程度に辺りを確認して回る。
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