おやすみ

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 見回りを終えたタツミの耳に灯里の怯えた悲鳴が届く。その後に続くのは、何かが崩れるような大きな音と地響きのような建物の揺れだ。 「まずい! 灯里!」  寝袋に包まったままだった灯里の姿を思い出し、タツミは灯里の元へと駆け出す。戻る間にもわずかな揺れと、何かが崩れる音が延々と続いていた。 「灯里!」  駆け戻ったタツミはその光景に目を見張った。昨日は形を残していたはずの個室が、他の部屋と同様に瓦礫の山に姿を変えていた。崩れた時に舞い上がったのであろう、壁材の粉塵が舞い上がり、見通しが悪い。  そんな中に、灯里は体を掻き抱くようにして立っていた。 「……ぃさん、どこ? タツミさん、どこですか? タツミさん! 辰巳兄さん! 嘘つき! また! 私を! 一人に! 置いてかないで!」  弱々しかった声が突然に絶叫に変わり、体をかき抱いて居た手を癇癪起こしたように近くの瓦礫の山に振り下ろす。その瞬間、瓦礫が爆ぜた。一方で振り下ろした手は擦り傷ができた程度で、とても瓦礫を殴りつけた直後の手には見えない。 「夜の次には朝が来るの!」  瓦礫を強引に踏み抜いて、灯里が壁を殴りつける。個室に仕切るための壁とは違い、部屋の大枠を形作る壁は更に頑丈で、僅かに凹むだけだった。ただ、壁がビリビリと振動を伝える。 「おやすみは次のおはようのために言うの! なんで! 私には! 朝が来ないの! 兄さんが! 来てくれないの!」  言葉を出すたびに、灯里が怒りを投げつけるように壁へと拳を叩きつける。皮膚が裂けて、血が滲んでも灯里は気にしない。鬼気を纏ったような灯里は泣いていた。左の目は黒の瞳を透明の雫で隠して、右の目は虹彩を金色に輝かせ赤い涙を流している。金色の周りが朱に染まり、それが溢れ出しているようだった。 「な、んで……一人に、しないで」  ずるずると粉砕された瓦礫に灯里がへたり込む。そこでやっと、タツミは呪縛から解かれたように動き出すことができた。  一歩、踏み出したところで、灯里がタツミに振り返る。 「タツミさん。居てくれるって、約束……のに」  異様な赤の印象よりも、その言葉がタツミを捉えた。 「ごめん」  灯里の鮮血に染まる瞳を見て、タツミはただ謝ることしかできなかった。いつ目覚めたのか、手は痛まないのか、目は大丈夫か、問いは言葉にならずに消えていく。
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