79人が本棚に入れています
本棚に追加
六月になっても世良くんと私は毎朝二つ目の角で猫を観察していた。
たいていは世良くんの方が先に来ている。
おはようと挨拶して、バスの時間を気にしながら二人で一緒にしゃがんで見るだけ。
時々、しっぽはシマシマのしっぽを立ててソックスを威嚇するけれど、もう私も怖くない。
「”猫が顔を洗うと雨になる”って知ってる?」
「なんか聞いたことある。猫って顔を洗うの?」
私の頭の中には猫が洗面器に水を貯めて洗顔している図が浮かんでいた。
それを見透かしたかのように、世良くんは呆れた顔をした。
「グルーミングって言って、自分の前足を舐めてその前足で顔をこするんだよ。猫は湿気や気圧の変化を敏感に感じ取ることができるから、低気圧が近づくと湿気で重くなったヒゲや毛の手入れをするんだ」
「へえ、そうなんだ!」
世良くんは博識で、こんな風に感心させられることはしばしばあった。
「あ、ほら、あんな感じ」
「ホントだ」
ソックスがしきりに顔をこすっている。
「天気予報でも明日は雨だって言ってたもんね」
私がそう言いながら立ち上がると、世良くんも立ち上がって歩き出した。
「雨の日は嫌いだ」
「うん。鬱陶しいよね。バスも混むし」
「ホントに沙也もそう思ってる? あいつに会えるから嬉しいんじゃないの?」
やっぱり世良くんは誤解している。
だから、雨の日はちょっと不機嫌なんだ。
金子くんは私がいつも世良くんと一緒にバス停に来るのを見ているのに、バスに乗ると世良くんの存在を無視するように私に声をかけてくる。
そのまま金子くんと話している私もいけないんだけれど、今更、世良くんを話の輪の中に入れるのもおかしい気がして、どうすればいいかわからない。
「全然! 金子くんのことなんて好きじゃないもん」
ムキになって強く否定したら、俯き加減だった世良くんがバッと顔を上げた。
「ホントに?」
「ホントに! 私は世良くんと二人がいい」
「うん、俺も沙也と二人がいい。じゃあ、明日、あいつに言ってやる」
「え? なんて言うの?」
「沙也は俺のものだから、話しかけるなって」
真っ赤になった二人の前をしっぽが横切った。
そのヒゲがいつもよりも垂れている気がする。
やっぱり明日は雨みたいだ。
晴れてくれたらいいんだけど。
END
最初のコメントを投稿しよう!