桜色の春

10/24
前へ
/24ページ
次へ
「あはは、そりゃ遠藤ちゃんが拗ねてもしょうがなくない?」 スマホの向こうで七海は豪快に笑った。ええ、そうでしょうとも。彼氏、というか、婚約者の誕生日知らない女って、どうなの、って自分でも思うもん。けど、積極的に教えてくれないけいちゃんもどうなのよ。 「あたしが悪いけどさあ…でも、けいちゃんも大人げないと思わない?」 あたしはあの時を回想してみる。ファミレスの白いテーブルで、向い合ってたあたしとけいちゃんの間に流れた、空気は一気に真冬が逆戻りしたみたいだった。 「そういえば、去年もスルーされたんだよね」 わざとらしくけいちゃんは、か細い声でつぶやいて、テーブルに載せられた鯖に、唐辛子を振りかける。…いらないんじゃないかな、というか掛け過ぎなんじゃ…。 「いやその…だって知らなかったんだから、しょうがないっていうか」 「フツー聞かない? 分からないことは聞け、って先生その都度言ってるよね?」 「タイミングのがしちゃって…っていうか、分からないことに気付かなかった、って言うか…」 「タイミング…ねえ。千帆のハンバーグ美味しそうだね」 「お、お召し上がりになります?」 「いや、いいよ悪いし。でも。千帆がどうしても食べさせたい、って言うなら、ちょっとだけ貰おうかな」 教え子のハンバーグを公衆の面前で、『あーん』って、大口開けて食べさせてもらう男。結局あたしのハンバーグは3分の1はけいちゃんに食べられた。教職者のすることかっ。けいちゃん、オトナげなさすぎる…。 「で、いつなの?」 七海に聞かれて、回想から現実に戻る。 「…3月22日」 入籍はこの日にしよう、ってふたり合致して決まった。 『そしたら、千帆、俺の誕生日忘れないでしょ?』 けいちゃんは徹底的にあたしをいたぶる。忘れたんじゃなくて、知らなかっただけだってば。どっちが問題あるかはこの際置いておくとしても。 『戸籍謄本と親の同意書貰っておいてね』って、けいちゃんはあたしに冷たいスマイルを向けた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

347人が本棚に入れています
本棚に追加