真夜中のエーデルワイスで

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それから数日、ケーキの在庫管理も得意となり、チョコレートケーキも切らさないようにと心がけているが…あの親子が来ることは無かった。 喫茶店はモーニングとランチ以外の時間が暇で、掃除や翌日の仕込みなども意外と営業時間内にできるものだ。 ランチのピークも過ぎた15時。 翌日の為に仕込みをしている所で、ドアのベルがからんからん、と鳴った。 ケンさんが音の方に顔を向ける。 おれも、その視線を追って「いらっしゃいませ」の言葉でお客様を迎えた。 「あ・・・」 そこに立っていたのは少し前に子どもを連れてやってきた母親。 何だかんだで怒らせて来なくなったと思っていたおれにとっては嬉しい来店だった。 真っ黒な喪服に身を包んだ彼女は、寂しそうな笑顔で挨拶をすると“いつも座っていた”と言っていたカウンター席に腰を下ろした。 セピア色のグラスに冷水を注ぎ、二つ差し出すと「ありがとう」と、少し枯れた声で礼を言った。 「…これからね、通夜なの」 彼女は今日もメニューを見ずに “ホットココアとホットのダージリンと、チョコレートケーキを一つ下さい” ―…と、先に注文をおれに伝えた後、そう告げた。 「・・・そう、なんですか」 お客さんは今居ない。静かなジャズが店内に心地よく流れる。…うちはレコードで蓄音機から曲を流しているから、もう少ししたら取り替えないと曲が終わってしまう。 おれの行動を遮ったのは、母親がすすり泣く声だった。 「…娘がね…先日、この世を去りました…」 かたん、かたん… やかんから湯気がのぼる。 ちょうど曲が終わってしまった事も重なって、やかんの音が耳障りに感じるほど、店内は静まり返った。 「生まれつき、病気を持っていたの」 黒いバッグからタオルを取り、涙を拭う母親。 「…前回の外出が最後になるかもしれない、そうお医者様から言われててね」 …母親の言葉で悟った。 “大好きだったチョコレートケーキを食べにきたのだ”…と。  
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