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「あなたにも病が伝染ってしまうかしら? だとしたら部屋に招いたのは軽率だったわね」
猫に人間の病が伝染る訳がなかろう。そんな意味を込めて鳴き声を上げると、か細い女の手が俺の背中を撫でる。
「野良猫なのに人懐っこいのね。ふふっ、凄く可愛い。外は寒いわ、あなたさえ良ければずっとここに居てもいいのよ?」
それは俺に飼い猫になれと言う事か。考えた事も無い。俺にとって人間は猫を殺すだけの存在だったんだ。共に暮らすなど……。
「私ね、ずっとここに一人なの。たまに家政婦さんが食事を運んでくれたり世話をしてくれる事はあるわ。でもそれ以外はずっとこの布団の中。起き上がる事も出来ない」
合間に小さく咳をしながら、その女が俺に向かってゆっくりと語る。言葉が通じるとは思ってないんだろう。独り言のように話しているが、俺は普通の猫じゃない。多少は人の言葉は解る。
「あなた、真っ黒な毛並みが綺麗ね。昔は私の髪もこんな風に綺麗だったのよ? でも今じゃ見る影もない。手も足も、どんどん細くなっていく」
俺の毛並みは真っ黒だったのか。自分の姿なんてまともに見た事も無い。そもそも気にした事なんて無かったから。
「あなた、名前は? 野良猫だから無いのかしら?」
名前だって知らない。誰も呼ぶ者なんか居ないからな。ただ『猫』と呼ばれるだけ。
「そうだ、私が付けてあげる! そうね、雪之丞なんてどうかしら? 雪の日に出会えたお友達、だから雪之丞。真っ黒な毛並みには似合わないかしらね?」
暖かい布団の上で女に背中を撫でられ、心地良さに微睡む。名前なんてどうでもいい、好きに呼べ。
「雪之丞、私のお友達になってくれる?」
『勝手にしろ』
にゃあ、と鳴いた声を女は肯定だと思ったらしい。
「ありがとう。後で私のご飯を分けてあげるわ。今じゃ一膳全部は食べられなくなったから」
そう言って女は微笑み、俺に更に温もりを与えるように火鉢を寄せた。
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