命の価値

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「まぁ、お嬢様! その猫はなんです!?」 俺の姿を見て大声を上げた、この割烹着を付けた女が彼女の言っていた家政婦なんだろう。手にしていたお膳を床に置き「しっ、しっ!」と追い払うように掌を振る。 「止めてよ、私の友達なのよ?」 「何が友達ですか! 肺の病に猫の毛なんて悪化させるようなものです!」 「大丈夫よ! それに、もう……」 『お嬢様』と呼ばれた痩せ細った女が、布団の上で上半身を起こしたまま俯く。どうやら自分に死期が迫っているのを悟っているらしい。青白い顔が更に陰気になっている。 「ねぇ、雪之丞をここに置いてやってもいいでしょう? ご飯は私のを分けてあげるから」 「お嬢様、ちゃんと食事をとってください。猫は……まぁ、旦那様にお願いしてはみますが」 「お父様もきっといいと言ってくださるわ。だって、私がここに一人ぼっちで胸を痛めてるのはお父様なんですもの」 割烹着の女から逃げお嬢の背中に隠れる俺を宥めるように、お嬢が「大丈夫」と俺の身体を抱き上げる。 「お嬢様! 猫の毛を吸い込んだら大変ですよ! 下ろしてください!」 どうやら俺はお嬢以外の人間にしてみたら厄介者のようだ。歓迎されてないのはすぐに解った。 それでもお嬢は俺の存在を喜んでくれている。「大事な友達だ」と弱々しくも微笑んで。 お嬢は俺に「友達の証だ」と赤い紐を首に結んでくれた。自分の身を飾り付ける趣味は無いが、これがあれば飼い猫の証となり無闇に人間に殺される事も無くなるそうだ。それならば受け入れるしかない。 敷きっぱなしになっている布団の傍らに転がる俺に、お嬢はいつも色んな話をしてくれた。 病になる前は女学校にも行っていただの、毎日のように友達と走り回って親に叱られていただの、病に伏せってから毎日眺めていたこの庭にはどんな花が咲くのかだの。 俺にとってはどうでもいい話だ。でもお嬢が楽しそうに話すのを見ているのは嫌いじゃなかった。何となく俺が初めてこの屋敷に来た時よりもお嬢の顔色が良くなった気がする。 このむず痒い感情を、人は何と呼ぶのだろう。 単なる情なのか、暖かい寝床をくれた恩義なのか。 ただ、お嬢の傍は居心地がいい。 その居心地の良さは、今まで感じた事の無い物だった。 .
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