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お嬢の部屋には、たまに白髪頭の白い着物の男が来る。皆して『先生』と呼ぶその人物は病を治す医者らしい。お嬢の着物を脱がせて診察をすると、僅かばかりの薬を置いて去る。
お嬢の病は本当に治らない物なのだろうか。医者に尋ねてみたいが俺の声は人間には届かない。
それでも追い掛けるように医者の後を付いてお嬢の部屋を出ると、襖を隔てた廊下でその医者が家政婦の一人と話をしている所だった。
「あの猫はいけませんなぁ。あれじゃ病を悪化させるだけですぞ?」
「まぁ、やっぱり……。でもお嬢様はあの猫を大層気に入っていて……」
「近付けない方がいいでしょうなぁ。肺の病はそんなに簡単に治る物ではない、少しでも療養に良い環境にしないと」
「そう、そうですね……」
やはりこの医者も、俺を厄介者だと思っているのか。
俺はお嬢の傍に居てはいけないのか。
でも今更、お嬢と離れるなど考えられない。お嬢もきっと俺と同じ思いのはずだ。
夜、眠りにつく前にいつも俺の姿を探し、俺の背中を撫でながら『明日も目覚められますように、また雪之丞に会えますように』と祈るお嬢も。
お嬢の病は、良くなっているのか悪くなっているのか解らない。相変わらず咳は止まらず苦しそうにしている。
それでもお嬢は幸せそうに俺を抱き締めるんだ。甘く優しい声で「雪之丞」と俺の名を呼びながら。
ずっとこのままで居られたらいいのに。
お嬢の病が治らずともよい、せめて死なずにずっと傍に居てくれたら。
それが叶わないのは、何度も死を迎えた俺には解り切っている。人にも普通の猫にも寿命があり、いつかは命が消えてしまう事は。
でも願わずにはいられない。
お嬢にもっと生きていて欲しい、と。
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