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すぐに屋敷に引き返す。お嬢に俺が居なくなった事がばれたら、きっとお嬢は悲しむ。
それにまだ外は寒い。ここで凍えて死んだら、最後の命を使い切ってしまう。
屋敷に戻ってもまたあの奉公働きの少年に見つかったら、と案じていたが、俺が戻った屋敷はそれどころではなかったらしい。家政婦がばたばたと走り回り、その内の一人が「先生を呼んで!」と叫んでいる。
お嬢……!
お嬢に何かあったんだ、それしか考えられない。慌てふためく家政婦達の足の間をすり抜け、急いでお嬢の部屋へと向かう。家政婦達も猫には構ってられないのか、誰も俺を引き止めなかった。
『お嬢!!』
お嬢は、いつもの布団の上に横たわっていた。相変わらずの青白い顔。でもいつもと違うのは、息をしていないのか胸が動いていない。
『お嬢、起きろ。雪之丞が来たぞ』
俺の姿にも気付いてくれない。その瞼は閉じたまま。
『お嬢!!』
どんなに叫んでも、俺の声はお嬢には猫の鳴き声にしか聞こえない。いや、今は聞こえてもいないんだろう。
お嬢は俺とは違う。命は一つしかない。
ここで消えたら、もう生き返る事は無い。
どうして俺には九つの命があるのに、こんな時に何も出来ないんだ。それも今は残り一つしかない。
無駄な命だ。俺が普通の猫だったら、生まれてすぐに兄弟達と死んでいたはずなのに。
でもその無駄な命のお陰でお嬢に出会えた。名を付けてもらい「友達だ」と言ってもらえた。
もしも叶うなら、この命を分けてやりたい。
最後の一つ、この命を……。
『お嬢、生きろ。俺の命をやるから、生きろ』
ずっと傍に居られなくてもいい。
お嬢が生きてさえいてくれたら。
それだけで、俺の命は価値があったと思える
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