電話応対

32/36
前へ
/36ページ
次へ
速水さんは、より真剣な面持ちになった。 「総会資料、昨日印刷しただろ? 印刷する前に、確認もしてもらったよな。総会が何日にあるか、覚えてねーの?」 「来月の11日ですよね」 「じゃあ、その日は大事な用事があります、とか言えただろ」 私はハッとした。 確かにそうだ。 お客さまも、私に予定がないことを前提に誘ってくれたのだから、用事があると言えば、「ああ、だったら仕方ないね」となったかもしれない。 どうして、そんな簡単な断り文句が思い浮かばなかったのだろう。 呆然とする私に、速水さんは容赦なく言葉の矢を放った。 「おまえ、まだまだだな」 「……すみません」 首を垂れて謝ると、今度は少しだけ優しい言葉をかけられた。 「電話だと顔が見えない分、相手に気持ちが伝わりにくい面もあるからな」 確かに、私たち事務員は、電話だけでお客さまとやり取りをしなければならない。 表情が見えない分、言葉や話し方、声の抑揚などで、相手の気持ちを察する必要がある。 しかし、私たち社員は、お客さまのように感情的には話さないよう心がけているため、どうしても、こちらの気持ちは伝わりにくい。 だからこそ、適切な言葉を選ばなければいけないのに、私は失敗してしまった。 「電話応対、難しいです……」 弱音を吐くと、速水さんは苦笑した。 「実際に顔を合わせるのも大変だぞ? ホントにいろんな人がいるからな」 「そうですよね……。でも、電話だけだと、見た目の情報がないから、客さまがどんな人かも、想像するしかないんですよね……」 私がそう言うと、速水さんは急にニヤリとした。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

206人が本棚に入れています
本棚に追加