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目を開けると、そこには女装をした彼氏がいた。
「驚いた?これが僕の趣味」
彼はあっけらかんと言って、注文したクリームソーダをストローでちゅううと飲んだ。
遡ること、数日前。
*
同じファミレスの、同じ席で、私は彼に一度振られた。
「僕ら、一回別れよう」
そのときの彼は、男物のTシャツにチノパンを着ていた。
オレンジジュースのストローを吸っていた私は、身を固くした。
「ど、どうして?」
「価値観がちがうのは仕方がない。
けど、君は僕の意見にいちいち口を出す。
どうして、へえ、そういう考えもあるんだねって言葉が言えないの?」
「それは……」
言い淀む私の代わりに、彼が続けた。
「それは、僕らが薄っぺらい恋人同士だからだろ。
相手を自分の理想に近づけたいんだ。
お互いの違うところも受け入れなくちゃ、一緒にいて苦しいだけだ」
「でも、私は別れたくない!受け入れられるようにがんばるから……」
彼は、少し考え込む風にしてストローの先を口にくわえた。
彼が何か考えるときの、物憂げな伏し目が私はずっと好きだ。
「それじゃ、こうしよう。干渉しすぎないように、距離を置く。親友みたいになるのはどう?」
友だち感覚だったら僕ら、うまくいくと思うんだ。
彼の言葉が、脳裏に虚しく響く。
今にも泣き出しそうな私に、彼は再び提案した。
「きみが本当に僕を受け入れられるかどうか、試してみようか」
そしてまた、後日、同じファミレスに来ることになった。
*
それが、今日である。
彼は一度トイレへ席を立ち、帰ってくるまで目をつぶってて、と言われて待っていた。
そして名前を呼ばれて、目を開けるとそこには、女装した彼がいた。
「どう?受け入れられそう?」
「うん、がんばってみるよ……」
汗でびっちょりとした掌を握った。
「そう、よかった。この前までの君だったら、僕はこのことを言えなかったよ。あー、苦しかった」
メロンソーダに浮かんだバニラアイスを、彼は長いスプーンのはじを持ってすくった。
こんなことなら、目を開けたくなかった。
でも……。
彼の女装は、案外可愛い。
親友だと割り切ってみて眺めると、その美しさには目を引くものがあった。
私の中で、何か別のものが目を覚ました。
-FIN-
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