加味

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 読書感想文などという夏の風物詩は大抵、無名の作者で挿絵の多い本を一つ選び、とりあえず始めの数ページと結末の書かれたページに目を通す。  そして全ての挿絵をじっくりと眺めたところで僕の読書は終了する。  後は自分の頭の中で物語を想像するのだ。  本の通りに物語は始まり、そこに続きそうな話を好き勝手に思い浮かべていく。  途中、自分が飽きないように波乱を織り交ぜながら挿絵から浮かんだイメージをそこに継ぎ足す。  そうしてできた紛い物に借りた結末を置いて、そうしてできた贋物に感想をつけていく。  客観的に物事を捉える論文や感想文は比較的得意だった。だから自分の作った物語に感想をつけることは容易だった。  だが、でしゃばって先生の興味を引くようなものを書くわけにもいかず、だらだらと長くくだらない曖昧な読書感想文を毎回作った。  それを行うのは苦だった。  これではマズイとさすがの本人も思い、日記というものをつけた。  だがこれは宿題以上に辛く、先生に叱られるという恐怖もなく、ただ自分のやる気に委ねるだけの自発的な行為が長続きするはずもなく、三日も経たずに終わる。  中学で文章が楽しいと感じたのは意外にも英語の授業だった。それまで固執していた言葉というものの概念が一気に崩れたのだ。  一つの英単語に複数の異なる意味が存在する。  日本語の単語にも複数の意味が存在するが、どれも似通ったものに対し、英語では全く違う文章になることに興味を持った。  恐らく、そこら辺で僕は気づいていたのだ。言葉も絵画も変わらないことを。  そんなくだらない回想のせいで、ただ眺めていただけになっていた手元の文庫から視線を逸らした。数名の学生が辺りに佇む。  左手の腕時計は十二時を過ぎていた。  僕は本を元の棚に戻し、ひんやりと暗く清楚な館内を歩き、階段を下りて建物を出る。  外の眩しさに目を細めながら、枯れ葉が舞う通りを見渡すと、そこは学生たちで賑わっていた。
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