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近所の居酒屋で。
愛由美はビールのジョッキを目の前に、大きな溜息を吐いた。
「もう、諦めろよ」
和希はウーロン茶を前に頬杖をついている。
時間は10時を回っていた、営業している近所の飲食店は居酒屋くらいで、二人は空腹を満たすためにやってきていた。
和希はやはり見た目を誤魔化すために、いつもの伊達眼鏡をかけている。
「だって……」
滅茶苦茶に抱かれた後、愛由美は和希の家に電話させてと懇願した。
和希は渋々、自分のスマホから電話を掛け愛由美に渡す、画面には『三恵子』とあった。
*
『和希?』
綺麗な声がした。
『どうしたの? 振られた?』
それだけで判った、事情を知っていると。
「あの。保坂と申します」
緊張した、たった今も関係をもった相手の母親だ。
未成年の教え子をたぶらかした、だらしのない教師とでも思われているだろう。
『まあ』
驚いた声が返って来て、愛由美は小さくなる。
「この度はいろいろと申し訳ありません」
愛由美が謝ると、三恵子は明るい声で応じた。
『いいえ、とんでもない。ご迷惑おかけしてるのは、和希の方でしょう』
「え、あの、いえ……」
『でも、気が済む様にさせてやろうと思いまして。もう直ぐ冬休みですし、愛由美さんはお正月はご実家に戻られるんでしょう? それまで預かってくだされば、あとはこちらで説き伏せますけど』
明るく言われ、愛由美は困る。
(どうせなら今すぐ説き伏せてくださいーっ)
『あのね、愛由美さん』
急に諭す様な口調になり、愛由美は耳を傾ける。
『ご迷惑は承知です、そちらもお立場がありなんでしょう? でも私はあんなに一生懸命な和希を見たのは初めてかも。今朝の、見せてあげたかったわ。だからね、応援して上げたいんです。年齢とか社会的立場とか、そう言うものを足枷にはしないでください。愛由美さんは和希がお嫌いですか?』
穏やかな口調に、愛由美はぽろりと本音をこぼす。
「……嫌いじゃないです」
『良かった』
しまった、と愛由美は後悔したが、もう遅い。
『浩一も、大変可愛らしい方で、和希には勿体無いと言ってましたのよ。今度是非我が家にもいらしてくださいね』
「いえ、あの、その!」
『では、失礼します』
電話は一方的に切れた。
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