第1章

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家に帰ったら、お母さんに「千帆、ちょっとこっち来て」ってリビングに呼ばれた。階段に足を掛けてたあたしは、踵を返して、リビングに向かう。ソファにはもうお父さんが座ってて、その横にお母さんが腰掛ける。 「何?」 「そこ、座りなさい、千帆」 言われて渋々あたしは向かいの椅子に座った。何だろう、この改まった感じ…。怒られるようなことしてないけどな。 「入籍、終ったの?」 お母さんはまずそこから切り出した。 「うん、無事に終わった。多分問題ないから、すんなり受理されると思う」 「ってことは、これでお前は春日千帆から遠藤千帆になったんだな」 「うん」 昼間は浮かれて思ったことを、お父さんから言われると、ちょっとだけ胸が軋んだ。あたしがいなくなったら、この家は、お父さんとお母さんのふたりきりになっちゃう…。 「未成年とは言え、結婚したら一人前だからな」 「は、はい…」 「これね、お父さんとお母さんからの結婚のお祝い」 あ、怒られるんじゃなかった。ほっとしたあたしの前に、お母さんは可愛らしい色のケースをふたつ出してきた。 色は、水色とピンク。周りの金具に指を掛けてピンクの方を開けてみると、予想通り印鑑が入ってた。 最初に開けた方に遠藤、って姓の入った所謂銀行印。水色の印鑑ケースには、変な字体で千帆って(多分)彫られてる実印。どっちも同じ素材で、直径だけが違う。黒い木に彫られた文字を、あたしは手にとってまじまじと眺めた。 「これから必要になるだろうから作っておいた」 お父さんは事も無げに言う。いつのまにこんなの。あたし、全く知らなかった。こんなものが必要だってことにさえ、思い至らなかった。
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