episode.5

16/20
前へ
/193ページ
次へ
「使ってくれてるんだね」 エレベーターの中で彼の視線が私の首元に落とされる。 私は首に巻いたストールに手を添えて渡辺さんに笑顔を向けた。 「あ、はい。すごく暖かいです」 「嬉しいよ。プレゼントした甲斐がある」 自動ドアを出てエントランスを抜けると、ヒュルリと冷たい風が私の髪を巻き上げた。 「僕も飲みたいから…車、置きに帰ってもいい?」 「あ、はい!」 渡辺さんの指がリモコンに触れると黒い高級車がハザードランプを点滅させている。 車の方へ近付いた時、何気なく視界に入ってきた後ろ姿にもう一度視線を戻した。 浩太郎…? な、訳ないよね。 頭までフードを被っているトレーニングウェアらしき服装の後ろ姿を眺める。 背格好が似ているだけ、か。 浩太郎の自宅からここまではかなり距離がある。 それに、こんな所に来る訳がない。 あの日、浩太郎は『もうここへは来ない』そう言ったのだから。 頭の中がまた浩太郎でいっぱいになりかけた時。 「響ちゃん?」渡辺さんの声に引き戻された。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1211人が本棚に入れています
本棚に追加