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あれだけ長い時間をかけてきたから、私の頭はそう簡単には浩太郎を忘れさせてくれなかった。
それは、ふとした時に思い浮かぶ。
瞼を開けて今にも雪が降りそうな空を見上げた。
映画の回想シーンのように、雪の降ったあの夜が浮かんでくる。
白衣の上から自分の肩を抱きすくめた。
浩太郎に抱かれた夜を思い出すと胸がチクリと痛む。
『響』
私の名前を呼ぶ掠れた声。
肩に触れた手も、重なった唇も、髪を撫でる癖も、笑うと目尻に入るシワも、私の好きな香りも。
簡単に忘れてしまえればいいのに。
「響先生?」
並木先生の柔らかい声が私を現実に引き戻した。
「あっ、すみません」
「お疲れ様。鍵、頼んでもいい?」
「あ、はい」
「響先生も帰ってゆっくり休んでね。また来週」
「はい、お疲れ様でした」
並木先生から鍵を受け取り、白衣を脱ぎながら診察室を出て行く後ろ姿を見送った。
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