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「三州さまと沈さまに出会えたことに私は本当に感謝しているのですよ。お二人がいらっしゃらなかったら私は単なる下働きとして一生を終えたことでしょう。」  桂繊は喜色にあふれた表情で言いました。しかし、魯崇は知っていました。いくら一流歌手としてもてはやされようと社会の最下層に身を置く妓女は、所詮、卑しいものに過ぎないとしか思われていないという現実を桂繊が十分に理解していることを。 「私には過分な人生でしたけれど、一つだけ心残りがあるのです。」 「それは何だね?」 「はい、私には〝真の出会い〟が無かったことです。」「〝真の出会い〟とは?」  魯崇が今一つ意味が掴めないという表情で訊ねました。 「はい。私はこれまで多くの方々~ 世間から高い評価を得ていらっしゃる方にも出会いました。しかし、生涯の伴侶にと思う方には遂に出会いませんでした。かつて三州さまが〝汝と見合うほどの男は 今の世には居まいよ〟とおっしゃったのですが、その通りでした。私としては、歌で名声を得て豊かな生活を送るよりも良き人とめぐり会って共に暮らしたかったのです。でも、これも天の定めというもの、無いものねだりをしても仕方ありませんね。」  桂繊はあくまで潔い女性でした。 「さて、草稿のようなものは出来たのだが、読んで見るかい。」  魯崇はこう言いながら筆を置き、走り書きを桂繊に渡しました。漢文の素養もある彼女は、さっそく視線を紙の上に落としました。 「まあ、何て上手く書いてあるのでしょう!」  端正な漢語で綴られた自分の半生を読み終えた彼女は、嬉しくもあり若干の気恥ずかしさも感じました。こうした桂繊の心中を察してか、魯崇は次のように言いました。 「こうして記して置けば、我々すべてが死した後にも桂繊という歌姫がいたことを後世の人々が知ることが出来るのだよ。あなたの歌がどれほど素晴らしかったかを伝えるのが私の役目だと考えているのだから。」  魯崇の言葉に、桂繊は再度涙を流しました。  いつしか日は傾き、部屋に差し込む陽光が彼女の顔を照らしました。 ― あなたも、そして私自身も時機に巡り合わなかったかも知れない。しかし、いつの日かあなたや私のような人間がきちんと扱われる世の中が来るだろう。  気高さを感じさせる桂繊の面差(おもざし)を見詰めながら、魯崇はこのようなことを考えたのでした。
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