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「騒々しい、どうした」
「ほら、ナツコがまた戻ってきましたよ、おとうさん!」
「なにい!?」
厨房から血相を変えて店主が出て来た。
「どうしてまた帰ってきたんだ!?あんたらが、連れ戻したのか!?余計なことしおって」
店主はバンダナを床に叩きつけた。怒りで感情のコントロールができないらしかった。
「あんなに遠くまで行ったのに・・・また帰ってきやがった」
憎々しげに猫を睨みつける。
しかし、その表情はみるみるうちに萎えて、がっくりと客席テーブルの椅子に腰をおろした。
「こんにちわ。この猫の名前、ナツコっていうんですね。あたしたちの学校の生徒たちはブラックハートって呼んでますよ。ほら、黒い模様がハートみたいで可愛いじゃないですか」
アヤメがとりつくろうように言った。
「あんたたち誰だい?よくここがわかりましたな」
年老いた店主は不思議そうに、若いふたりを見上げた。
「不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
零門は頭をさげた。零門は自分の職業を明らかにすると、プラタナス高校に猫が迷い込み、現在に至る経緯を話した。
「でも、この子は生徒たちから可愛がられてますから、ご安心を」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
店主はごしごしと目をこすった。
「ナツコには不憫な思いをさせました」
「深い理由がありそうですね。差支えなかったら、おはなし願えませんか。この猫はかなり賢そうです。僕たちをわざわざ隣りの県から、ここまで運ばせたのですから」
「ああ。まさかとは思いますがなあ」
店主は女将と顔を見合わせた。
女将はナツコをそっと床におろすと、ぽつりと話しはじめた。
方言混じりで聞き取れない不明瞭な点もあったが、概略は知る事ができた。
半年ほど前にさかのぼる。
昼時に若い男の客がやって来た。県道の通りすがりの客だろうと思っていたら、最近、近所に引っ越して来たらしく、ちょくちょく来店するようになった。常連客は売上の貢献が確実なので、老夫婦は喜んだ。
いつものように、その男は食堂で夕餉をとっていたが、突然、悲鳴をあげた。
ナツコが、客の腕を引っ掻いたというのだ。右腕から手の甲にかけて血の筋が何本も伝わっていた。老夫婦は平謝りして、その場はすんだかと思われた。
数日後、その客が店に訪れ凄んだ。
男の腕には包帯が巻かれていた。
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