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仕事ができなくなった。病院に診てもらったら、完治するまで2週間かかると言われた。50万円の損害賠償を請求するものだった。
老夫婦にとって50万円は大金だった。やっとの思いで工面した金を渡すと、男は言った。
「ペットで猫を飼いたいのなら、おれの前に猫を見せるな。俺は猫アレルギーだから、治療費を毎月10万円を請求する」
という趣旨の内容で、脅したのである。
猫が嫌いならばその店にこなければよいし、老夫婦も警察に相談すればよかったのだが、仕返しされる方が怖かった。そこで店主は、猫を山へ捨てに行ったが、2週間後には戻って来てしまった。
「わしら年寄りの店に、月10万円なんて払えませんわい。それで、今度はもっと遠くの場所に捨てて、どなたかいい人に拾われればと考えて、隣りの県まで車で行きました」
「悪さするナツコじゃないんですけどねえ」
女将がつけくわえた。泣き声だった。
零門はしゃがみ込むと、置物のようにじっとすわっている猫の咽喉を撫ぜた。
「お前さん、冤罪の匂いがぷんぷんするなあ。その変な客に悪戯されたんじゃニャイのか。それで、正当防衛で、相手を引っ掻いた・・」
ブラックハートは黙ったまま零門を見つめたままである。
「お前さん、そのあたりを調べてもらいたくて、僕らを雇ったのかな?」
にゃ。
ブラックハートは短く反応した。
零門は立ちあがった。
「実はここへ来るあいだ、私たちはインターネットでF市周辺の猫に関する情報をできるだけチェックしました。鈴本軒の評判の書き込みもありました。みんな好意的で、広東麺がおいしいと書いてますよ。以前、白と黒模様の猫がいたけどどこ消えたのとか。ご主人、スマホとかパソコンのネットはご覧になりますか」
「いいや、わしらは若い人の機械にはついていけんですわ」
老いた店主は苦笑いしながら首を横にふった。
「ネットでわしらのことが評判になっとりますか」
「はい。しかし、もっと興味をひく書き込みが幾つもあったのです。」
「ほう?」
「ペット被害を装う詐欺事件が何件かありますね。警察、保健所への相談件数が最近になって増えています。手口はこうです。ペットを飼っている他人とわざと親しくなり、そのペットと戯れているフリをします。飼い主がほかに気をとられている隙を狙って、ペットに悪戯を仕掛けます」
零門はひといき入れた。
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