ブラックハート(アルパカ探偵局の事件簿より)

11/12
前へ
/12ページ
次へ
「そうやって、わざと噛みつかれたり、引っ掻かれたりするのです。自分も痛い目に遭いますが、被害届を出さない条件として、法外な示談金を提示してきます。たいがいのひとが、これに嵌められて、おカネを出してしまうそうですよ」 「では、わしらも・・」 「はっきりとは申し上げられませんが、その可能性が高いと思いますね」 「どうすれば・・」 「警察、保健所に相談するのが良いと思いますが、すでに、私はナツコさんから着手金を頂戴しています。お力になりたいのですが」 「ぜひお願いします。あの、ところでナツコの着手金というのは?」 「首輪についてた餌代を戴きました」  すかさずアヤメが言い訳にはいった。 「ごめんなさい。かってなことしてしまって。あたしは止めたのですけど」 「いやいや。あれっぽっちで、わしらのために動いて下さるなんて、ありがたいこってすわ」  老夫婦は嬉しそうにに笑った。  一週間後。  零門とアヤメは、作成された調査報告書を鈴本軒に持参した。  昼時だった。きょうは、駐車場に車が数台止まっていた。  引き戸を開けると、中華鍋を振る音がした。ごま油とスープの匂いが充満していた。客が食器を鳴らす音と談笑の声が混じりあっている。 「らっしゃいませー」  女将の威勢のいい声が迎えた。  零門とアヤメは空いている席に座った。 「広東麺をふたつ。食事が終わったら、これの説明をします」  零門はA4サイズの書類袋を見せた。  食堂のピークはしばらく続いた。30分ほどすると、満席だったテーブルはしだいに少なくになった。  片隅で若い男性客がラーメンをすすっているだけだ。  どこからともなく、ブラックハートがひょっこり現れた。 「あら、ブラックハートちゃん。おりこうにしてた?」  アヤメが手を差し伸べると、依頼客の猫は、彼女のひざに飛びのった。  にゃ、にゃ。  白と黒のぬいぐるみはアヤメのひざの上でじゃれついた。  店の片隅でラーメンを食べていた男の箸を動かす手が止まった。その客は零門たちを一瞥すると、椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。   「おい、オヤジ!てめえ、また猫を飼いやがったな。約束を忘れたわけじゃあるめえな、オヤジさんよ」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加