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「そうやって、わざと噛みつかれたり、引っ掻かれたりするのです。自分も痛い目に遭いますが、被害届を出さない条件として、法外な示談金を提示してきます。たいがいのひとが、これに嵌められて、おカネを出してしまうそうですよ」
「では、わしらも・・」
「はっきりとは申し上げられませんが、その可能性が高いと思いますね」
「どうすれば・・」
「警察、保健所に相談するのが良いと思いますが、すでに、私はナツコさんから着手金を頂戴しています。お力になりたいのですが」
「ぜひお願いします。あの、ところでナツコの着手金というのは?」
「首輪についてた餌代を戴きました」
すかさずアヤメが言い訳にはいった。
「ごめんなさい。かってなことしてしまって。あたしは止めたのですけど」
「いやいや。あれっぽっちで、わしらのために動いて下さるなんて、ありがたいこってすわ」
老夫婦は嬉しそうにに笑った。
一週間後。
零門とアヤメは、作成された調査報告書を鈴本軒に持参した。
昼時だった。きょうは、駐車場に車が数台止まっていた。
引き戸を開けると、中華鍋を振る音がした。ごま油とスープの匂いが充満していた。客が食器を鳴らす音と談笑の声が混じりあっている。
「らっしゃいませー」
女将の威勢のいい声が迎えた。
零門とアヤメは空いている席に座った。
「広東麺をふたつ。食事が終わったら、これの説明をします」
零門はA4サイズの書類袋を見せた。
食堂のピークはしばらく続いた。30分ほどすると、満席だったテーブルはしだいに少なくになった。
片隅で若い男性客がラーメンをすすっているだけだ。
どこからともなく、ブラックハートがひょっこり現れた。
「あら、ブラックハートちゃん。おりこうにしてた?」
アヤメが手を差し伸べると、依頼客の猫は、彼女のひざに飛びのった。
にゃ、にゃ。
白と黒のぬいぐるみはアヤメのひざの上でじゃれついた。
店の片隅でラーメンを食べていた男の箸を動かす手が止まった。その客は零門たちを一瞥すると、椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。
「おい、オヤジ!てめえ、また猫を飼いやがったな。約束を忘れたわけじゃあるめえな、オヤジさんよ」
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