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「それって、朝の営業開始時間から? 猫は神出鬼没だからどこにいてもおかしくないけど。で、どんな様子?」
アヤメは昨日の状況を説明した。
アヤメが午前8時45分に出勤するとき、ブラックハートがあとをつけて来たのだという。
アルパカ探偵局は、プラタナス高等学校の校舎内に間借りをしている、変りだねのテナントである。出勤する際には、生徒と同じ校門をくぐり、生徒と同じ校舎の廊下を歩かねばならない。
ブラックハートがどこで寝ているのかは不明だが、生徒や教職員が登校する時間帯になると、長い尾をぴんと立ててお迎えする。授業が始まり、周囲が静かになると、猫はどこへともなく姿をくらまし、昼時になるとプラタナスの木の下のベンチに行って、みんなの弁当のおすそ分けを頂戴するのが日課だった。
そのブラックハートが、探偵局の客の様子を、すわったままじっと観察しているのだという。
「ほら、これ見て」
アヤメは事務所のテーブルに設置されたモニタ画面を操作した。玄関ドアの上に取り付けられた防犯カメラの映像だった。
黒いハート型のぶちの猫が、廊下のすみに置物のようになってすわっている画像が映った。猫の目線は明らかに事務所に向けられていた。
人がかたわらを通る度に、小さな首を左右に傾けている。人がいなくなると、また事務所をじっとみているのがわかった。
「アルパカのぬいぐるみに興味があるんだろ?」
アルパカ探偵局の入り口には、トレードマークの実物大の茶色いアルパカのぬいぐるみが置かれているのだ。
「うちの依頼人、いや、依頼猫かな。声をかけてみたら?あの猫、きょうの昼飯が終わってもう事務所の外にいるかも」
「えー? マジで言ってるんですか」
アヤメはキャハハと声を上げて笑った。
「でも、面白そう」
彼女は、早速事務所のドアを開けた。
「ホントだ!いたよ!ブラックハート。あなたの悩みはなんですかー」
零門もソファから立ち上がって、アヤメといっしょに猫の仕草を眺めた。
ブラックハートは、ニャ と短く啼くと、のそりと動きだした。
まさにこの時を待っていたとばかりの行動だった。
「驚いたな」
「凄い!あたし、信じられない!」
猫は短い啼き声を3回繰り返した。
ゆっくりと零門たちに近寄った。アルパカのぬいぐるの前で立ち止って、警戒心をあらわにした。
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