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においを嗅ぎ、後ろあしで立ち上がり、アルパカの胴体のあたりに前あしをかけた。
弱々しい猫パンチが胴体を叩いたが、ぬいぐるみは微動すらしなかった。
ブラックハートはアルパカを威嚇するような長啼きをした。黒い尻尾を振ると、前あしを下ろした。
相手に敵意がないのがわかったのだろう。
「いらっしゃい、どうぞ」
アヤメが優しい声で珍客を迎えた。猫はアヤメを見上げた。
にゃ、と啼いた。
あいたドアからするりと、中へ入った。
「言葉がわかるのかしら」
ブラックハートは用心深そうに、まわりの調度品をながめている。長い尻尾をたて、部屋の中を自在に歩きまわっていたが、ソファが気にいったのか、その上に飛びのった。
ソファの微妙な窪みのあたりに、居心地よさそうに寝そべった。小さな白い顔を上げて、零門たちを値踏みするように黒い目を向けた。
「猫のクライアントは初めてだ。ご用件を伺いましょう。ミスター、それともミス、ブラックハートさん」
零門はおどけて言った。
「賢そうな猫ね。本当に用事があるみたい」
アヤメは猫の頭を撫ぜた。撫ぜながら、赤い首輪に注意をはらった。ブラックハートは気持よさそうにじっとしている。
「この首輪、ファスナーになってる。ちょっと見せてね、おとなしくしてるのよ」
やや太めの赤いチューブ状の首輪の中央に5センチほどのファスナーが見えた。
アヤメはファスナーをおろした。
ほそく筒状に折りたたまれた白い紙きれがでてきた。
「零門さん、これ」
零門はアヤメから紙縒りのような紙片をうけとった。
紙片を広げた。
ボールペンで書いたらしい黒い文字がならんでいた。
<この子はナツコといいます とてもいい子です どなたか可愛がってあげて下さい 私どもは事情があって飼えなくなりました>
「あと、これ」
アヤメは細く丸められた高額紙幣を差し出した。
「きっと餌代ね」
「飼い主の勝手な都合で、ぼくたちに押しつけか。餌代とかそういう問題じゃないよな」
「ねえ、これってあたしの女のカンなんだけど・・・」
「うん。なに」
「気のない返事ねえ。ブラックハートはあたしたちに何かを訴えているような気がするのよ」
アヤメは猫の顔をのぞきこんでいた。
プラタナスの木陰から3階の事務所の様子をうかがっていたのは何を意図したのだろう。
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