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「あとが面倒になるのよね」
「この猫は、虐待されたのかなあ。ほら、男が棒のようなもので、猫をひっぱたいてるぞ」
「あ、ホントだ。酷いよ」
男が杖を振り回して、猫を追いまわしている映像が写し出されていた。
しかし、拡大して見ると、実際には道路を叩いて威嚇しているだけで、直接の危害を与えているわけではなかった。
猫はすぐには逃げず、止まって、男の様子をうかがっている。
男が杖を投げ、それが水たまりの泥をはねた瞬間、猫は逃げ出した。
猫は校門の鉄格子の隙間から、一目散に校内へ侵入したのがわかった。
男は、転がった杖を拾うと何やら言っていたが、防犯カメラに集音機能はなかった。
男はポケットからハンカチを取り出すと、しきりに目のあたりをぬぐっていた。
「この人、なんだか泣いているように見えるけど」
アヤメは再生と巻き戻しを繰り返した。
「泣きながら、追いやるなんて意味が深そう。どうしたのかしら」
「飼い主は不本意だった。そういうことかい、アヤメ?」
「ええ。ブラックハートは家に帰りたいのかしら」
アヤメは、自分の額を猫の顔にそっと押し当てた。
「あんた、ご主人さまに捨てられたんだよ。それでもおうちに帰りたいの?」
にゃ。
ブラックハートは小さく啼いた。
零門はビデオを回し続けた。猫が校門の奥に消えたあと、飼い主の男はしばらくの間、雨に濡れながら立っていた。
やがて男は杖をつきながら車に乗り込んだ。
カメラに赤いテールライトが映り、それはしだいに遠ざかって行った。
「オーケイ。カメラのおかげで車のナンバーがわった。持ち主が分かるし、住んでる場所もだ」
零門はパソコンのキーボードを叩きはじめた。
アヤメは零門の動きを見ながら、ブラックハートに話しかけた。
「よかったわね。あんたのご主人さまがなんであんな仕打ちをしたのか、このお兄さんが調べてくれるって」
「アヤメ、仕事だ。手付金は、首輪についていた一万円で手を打とう」
「エー。 猫からおカネとるの? 信じらんない!」
「ブラックハートは餌代を報酬金に充てるってさ」
返事の代わりなのか、猫は大きなあくびをした。
3
車の登録照会により、氏名、住所はすぐに判明した。
鈴本清二。
C県F市。
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