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その夜、久しぶりに昔から活用していた分厚い辞書を手に取り、『無理』という単語を調べた。 わかっていても、その単語をわざわざ調べるという行為は初めてだった。 それほど姉の一言は私の心に突き刺さり、混乱させた。理解すらできなかったのだ。 様々な意味が書いてあったが、この場合、これに当てはまるだろう。 《実現することが難しいこと》 今更後悔しても遅いんだ。事故がなかったとしても、あのペースじゃ完成することはできていなかったと思う。 何故もっと早く製作にとりかからなかったのだろう。あれだけ時間があれば、もう完成していてもおかしくないのに。 ――私はただ、姉に認めてほしかったんだ。 姉は私など見ていない。私が姉に擦り寄らなければ私に目も向けない。住む世界は一緒でも、生活する階層は低層の私に対して、姉は高層の最上部だ。それぐらい階級が違うのだ。 だって、旦那さんはあの大手企業で働く営業マンだ。顔良しスタイル良し、給料良しの誰でも飛びつきたいほどの人だ。そんな人に高級レストランで高い指輪をプレゼントされてプロポーズされたらふたつ返事で頬を赤らめるだろう。すぐ惚れる。 お似合いな姉と旦那さん。姉はもう、旅立つわけだ。家族だけど家族じゃない。そういう表現が正しいのかもしれない。 だから、繋ぎとめたかった。 何もかも敵わなかった姉に少しでも食らいつきたくて、少しでも認めて欲しくて、私が妹であることを誇りには思わなくても、しょうがない程度には思ってほしかった。 姉の為じゃない。自分の為だ。姉の後ろを金魚のフンのようについて回る私から抜け出す為、最後に残されたのがこれだったのに。 私だけの姉が、旦那さんに取られる。私の一番大切なものが、他人に取られる。 あの笑顔はもう、私のものじゃない。 それからの姉は、水を得た魚のようにあれやこれやと準備していった。全てが順調に進んだ。そして、全てが姉の思い通りの結婚式になる準備が整った。 その中に、私のウエディングドレスが入っていたのかは、わからない。 ――半分にも満たない製作途中のウエディングドレスは、クローゼットの上段の紙袋に、乱雑にしまってある。
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