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覚えているのは、ベッドの中でまどろんでいたという事だけ。
頭が痺れて、意識が暗いトンネルを抜け……
目を開けるとそこには、真っ赤な薔薇のアーチが美しい、知らない家の庭があった――。
「え……なに、ここ……」
つぶやいて、私はハッと自分の口元を押さえた。続いてそろそろと指を滑らせ、喉元を探る。
「補声器、つけてない……そうよ、寝る時に外したもん。なのにどうしてこんなにちゃんと声が出るの?」
不思議なのはそれだけじゃない。パジャマで寝ていたはずなのに、私はいつの間にか見た事もない水色のエプロンドレスを身に着けている。
「……おや、お嬢さん。迷子かな」
突然、背中に投げかけられた柔らかなテノール。慌てて振り返ると、裾の長い変わった上着を着た男の人が立っている。
「…………」
綺麗で優し気な面立ち、シルクハットから覗く亜麻色の長い髪、外国の人かと思ったけれど話しているのは日本語だ。
「君が戸惑っているのは何について? ここはどこか? 僕が何者か? それとも喉の病気の手術をして、補声器がないとろくに声が出ない君が話せる事?」
「……! その全部、です……」
私の答えに、彼はニッコリと微笑んで近づいて来る。
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