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奏斗side
カーテンの隙間から漏れる、まばゆい光に目を開ける。窓ガラスの向こうには細めの格子が張られている。
母さんのこだわりが詰まった黄緑のカーテンは、遮光機能のない普通のものだ。買った当時はなんとも思わなかったが、今では目覚まし時計要らずでとても有り難い。
アラームを鳴る前に止め、ゆっくりと体を起こす。几帳面にアイロンでカタをつけられた制服に腕を通し、着替えて部屋を出る。
「ああ、奏斗。おはよう」
「おはよう」
母さんはキッチンで目玉焼きを作っていた。隣には既に包みに入れられた弁当箱。これだけ用意が早いということは、また徹夜していたに違いない。
その推測を裏付けるように、母さんは大きく欠伸をした。大きな口。ずり落ちた眼鏡の橋を人さし指で押し上げる。
トーストを二枚焼き、テーブルへと運ぶ。コーヒーを淹れて席に着くと、母さんが目玉焼きとサラダを手にやってきた。同じように席に着き、向かい合わせで手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
声が重なる。母さんは低く掠れた声で言って、すぐにコーヒーカップに手を伸ばした。俺はトーストにバターを塗る。
「あっ!」
母さんが突然大声を出した。困ったように眉根を寄せる。
「ごめん、洗濯忘れてた。今日体育だったよな?」
なんだ、そのことか。
「大丈夫。昨日洗って乾燥かけてる」
母さんは昔から、家事に関して穴が多い。あまり帰ってこない父さんの方がまめまめしく家事をこなす。父さんは物忘れを滅多にしなかったから、家事も忘れなかったのだと思う。
母さんはスイッチが入ると声をかけても一切反応しなくなる。幼い頃はそれを寂しく感じたこともあったが、反抗期を迎えてもおかしくない年頃になった今では、不満は全くない。嬉しいというわけでもないのだが。
「そうか。良かった。流石、奏斗は父さんの息子だな」
嬉しそうに笑う。
俺は母さんの子でもあるわけだけれど、母さんはいつも何故かそう表現する。
母さんは、息子の俺から見てもかなり美人な部類に入ると思う。学者っぽいシャープで神経質そうな気配を漂わせながら、その実とても朗らかで、男らしい。『男である』という点を除いては、誰にでも自慢できる母さんだと思う。
俺は母さんの顔を見た。
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