1.初夏のあけぼの

2/18
424人が本棚に入れています
本棚に追加
/850ページ
奏斗side  カーテンの隙間から漏れる、まばゆい光に目を開ける。窓ガラスの向こうには細めの格子が張られている。 母さんのこだわりが詰まった黄緑のカーテンは、遮光機能のない普通のものだ。買った当時はなんとも思わなかったが、今では目覚まし時計要らずでとても有り難い。 アラームを鳴る前に止め、ゆっくりと体を起こす。几帳面にアイロンでカタをつけられた制服に腕を通し、着替えて部屋を出る。 「ああ、奏斗。おはよう」 「おはよう」 母さんはキッチンで目玉焼きを作っていた。隣には既に包みに入れられた弁当箱。これだけ用意が早いということは、また徹夜していたに違いない。 その推測を裏付けるように、母さんは大きく欠伸をした。大きな口。ずり落ちた眼鏡の橋を人さし指で押し上げる。 トーストを二枚焼き、テーブルへと運ぶ。コーヒーを淹れて席に着くと、母さんが目玉焼きとサラダを手にやってきた。同じように席に着き、向かい合わせで手を合わせる。 「いただきます」 「いただきます」 声が重なる。母さんは低く掠れた声で言って、すぐにコーヒーカップに手を伸ばした。俺はトーストにバターを塗る。 「あっ!」 母さんが突然大声を出した。困ったように眉根を寄せる。 「ごめん、洗濯忘れてた。今日体育だったよな?」 なんだ、そのことか。 「大丈夫。昨日洗って乾燥かけてる」 母さんは昔から、家事に関して穴が多い。あまり帰ってこない父さんの方がまめまめしく家事をこなす。父さんは物忘れを滅多にしなかったから、家事も忘れなかったのだと思う。 母さんはスイッチが入ると声をかけても一切反応しなくなる。幼い頃はそれを寂しく感じたこともあったが、反抗期を迎えてもおかしくない年頃になった今では、不満は全くない。嬉しいというわけでもないのだが。 「そうか。良かった。流石、奏斗は父さんの息子だな」 嬉しそうに笑う。 俺は母さんの子でもあるわけだけれど、母さんはいつも何故かそう表現する。 母さんは、息子の俺から見てもかなり美人な部類に入ると思う。学者っぽいシャープで神経質そうな気配を漂わせながら、その実とても朗らかで、男らしい。『男である』という点を除いては、誰にでも自慢できる母さんだと思う。 俺は母さんの顔を見た。
/850ページ

最初のコメントを投稿しよう!