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「目を開けると、そこには立っている人も建物も、ただ一つの文字さえも残されていなかった。想像がつくでござるか?……ほげ~、げほげほ。……砂船には酔うから駱駝車にしたけれど、これは砂船よりも揺れるでござるな」
東方風の巻衣を身につけた隻眼の男が、緩んだ帯を締め直しながら、実に情けない顔で少女を見下ろした。
十歳ほどの背丈だから、幼く見える。
環境の厳しい砂海を旅して、無事でいられるのが不思議なくらいだ。
駱駝車に乗ってきた男の身の上話を退屈しのぎに聞いていた少女だが、基本人の話を聞く方ではないらしい。
「んー、さっぱりわかんない」
「それはよかった。戦に負ける経験はないに越したことはないでござるからな」
「私が暮らしてた村は皇国の侵略の通り道にあったからさー。何もかも焼き払われて、ぺんぺん草も残らなかったんだよー」
「……強く生きるでござるよ、ほげげー」
「そんなわけだから、あなたをこのか弱い可憐な乙女の護衛に任命してあげる。……私はルンと言うの。あなたの名は?」
「ユウ。か弱い?可憐?どこに乙女がいるのでござるか」
ルンはユウの開いている右目に細い人差し指を突きつけた。
「ゴタゴタ言うとその節穴に指突っ込むから」
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