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新たにいれた紅茶と、温め直した作り置きのビスケットとジャムをお盆に載せたところで、男が戸を叩いた。
「どうぞ」
服についた水滴を払いながら、満面の笑顔で入ってくる。
「いやあ、あったかい。地獄に仏とはこのことだ」
「ふん」
いかにも信用ならない、といった風にリコが鼻を鳴らす。
「あなた、街の方から来たんでしょ。今日の朝まではここよりあったかい部屋でぬくぬくしてたんじゃないの」
「確かに街からは来たよ。でも宿泊費がないんでね、寝泊まりはテントさ。まあ、この辺に比べれば多少はあったかかったけど」
座ってください、と椅子をすすめる。ユーミンは質問したくてしかたない。しかし男は入りがけに、玄関の横のミシンに気づいた。
「おや、仕事の途中だったのかな? 私にはかまわなくて結構ですよ。続けてくださいな」
「大丈夫です。――朝食がまだなので」
「ああ、そうですか。じゃあ遠慮なく」
いかにも人懐こい顔で笑う。笑ったときにできる皺は、男がそれほど若くないことを表しているが、雰囲気はまるきり少年のようだった。
「旅をされてるんですか?」
切り出したのはユーミンの方だ。
「いただきます。――ええ、あちこちと。――定住するのが苦手なんですよ。お金に困ったら辿りついた先で仕事をして、旅費ができればまた旅に出て」
ふんふんと頷きながらユーミンは聞くタイミングを計る。
「お嬢さんはずっとここで?」
「――はい。子供のころは街にいたんですけど」
「へえ。ご両親の都合かなんかで?」
「ええ――まあ」
うかつに一人暮らしだなどと言わないよう、リコとリタが交互に目くばせをする。ユーミンは適当な作り話をした。
「おじいちゃんの家なんです。今ちょっと体調を崩して二階で寝てるんですけど」
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