序章

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藍碧(らんぺき)の海原に落日が手を伸ばす。  沸き立つ白波と、落陽を受けて茜に染まる波飛沫の破片。  朱金の夕闇が翳り始めた海辺のバザールには、名も無き風に浚われた涼冷な空気が漂い始め、石畳の道を行き交う人々の雑踏がこだましていた。  人々の喧騒に紛れ、繊細な竪琴の音色が響き渡ると、その旋律に乗せて若い吟遊詩人は謡うのだった。    ~ 高き峰と蒼き湖の国 遠かりし国  リーバンシュタイン     亡国となりしかの国に  射干玉(ぬばたま)の髪と 深緑の瞳の美姫ありき    風の王に愛でられし美しき乙女     いまや 何処(いずこ)に在らん    父王隠せり 射干玉の髪の姫    その手に剣と鎧を持たせ  風の王から 乙女を守らん    されど 吹く風に形は無い    古き約束果たさぬは  リーバンシュタインの王     故に 風の王は怒り かの国に災いを呼ばん    かの国は 塵と消えた    射干玉の髪と深緑の瞳の美姫もまた    吹く風に消えた
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