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「殿下・・・
妃殿下・・・・アーデハイド・・・・姫・・・
峰の袂・・・ミランジェ(鏡)の湖を・・・・越えて・・・
ラクロムに・・・・ラクロムに行けば・・・・・
“羽の印”を・・・・封じる術者がいます・・・・
お逃げ下さい・・・・・」
「嫌だ!そなたが一緒でなければ嫌だ!!
判っているのだろう!?
私は!私は・・・・・っ!
そなたを好いておるのだ!!」
「・・・・ラクロムに行けば・・・・
あなた様はもう、男の服を纏わずとも済む・・・・・
あなた様が・・・・緋のドレスを・・・・・
纏う姿・・・・目に浮かぶようだ・・・・」
青年騎士ラヴァンの血に塗れた無骨な甲に、その少年の・・・いや、男装の美姫の暖かな涙が滴り落ちる。
剣を振るってまめだらけになった彼女の手を、最後の力で強く握り締めると、ラヴァンは、端整な顎に幾筋もの血の帯を刻みながら、もう一度、小さく微笑んだのだった。
「私を・・・・好いておられるなら・・・
お逃げ・・・ください・・・・・」
次の瞬間、どす黒い血の塊がラヴァンの唇の縁から溢れ出し、その薄青の瞳からは、急速に光が失われていったのである。
リーバンシュタインの美姫アーデハイドは、驚愕と絶望に深緑の両眼を見開いて、今、正に、その命の火を消そうとしている愛しい青年騎士の体を抱き締めたのである。
「駄目だ!逝くな!逝くな―――――っ!!」
アーデハイドの手を握っていたラヴァンの指から、ふっと力が抜け、香る草の上に投げ出される。
まだ暖かなその体が、心臓の鼓動を止めた。
薄く開いたまま光を失った瞳は、もはや、アーデハイドの顔すら映さなくなった。
アーデハイドは息を詰め、綺麗な唇をぶるぶると小刻みに震わせると、消え入りそうな声で彼の名を呼んだ。
「ラヴァン・・・・」と。
だが、彼は答えない。
アーデハイドは、確かめるように、もう一度、彼の名前を呼ぶ。
「ラヴァン・・・・」
やはり、彼は答えない。
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