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その日、このゴタゴタで佐藤の帰りはいつもよりずいぶんと遅くなった。
最後の調整と折衝が思ったよりもたついたのだ。
最後の最後まできっちりケリをつけるまで気の抜けない一日となり、家に帰り着くころにはぐったりとした疲労感を感じていた。
それでも、優香とのやり取りで気持ちがほぐれていたのだろうか。
佐藤が家に帰って「ただいま」と出した声は思いがけないほど軽やかなものであった。
するとそれに呼応するかのように、妻の美智子がクルクルと踊りながら、おかえりー、と声をかけて来る。
美智子はいつも明るくて和やかだ。
その雰囲気に釣られるように、佐藤は思わず微笑んで美智子を眺めた。
機嫌良く朗らかな美智子の周りにはいつも心地よい空気が漂っている。
そんな美智子を見ていると疲れがすっととれていく気がする。
「今日はまた一段とご機嫌だねぇ。何があったの?」
美智子はふふふと鼻歌を歌いながら佐藤のまわりを踊った。
「そう? いつもと変わらないわよ」
佐藤は面白そうに妻を観察して、腕組みをしながら目を細めた。
「よし、当ててみせよう。面白いドラマを見た?」
「ブー」
美智子は腕を顔の前にあげて大きなバツを作った。
「じゃあ、おいしいケーキを食べた?」
「ブー、残念でした」
声はさらに大きくなる。
今度は佐藤もちょっと考えた。
「宝くじに当たった?」
「ブブー。でもちょっと近いかな。もっといいものが当たったのよー」
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