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佐藤はコーヒー片手に一息入れるところであった。
朝の業務が一段落した後、いつものように隣りのビルのコーヒーショップに足を運ぶ。
スタバが日本に上陸して十数年、おなじみのコーヒーショップがオフィス街のあちこちに出現している。
コーヒー好きの佐藤にとっては嬉しいことであった。
窓際に空いている席を見つけると、ゆったりと腰を下ろした。
今朝は特に慌ただしかった。
一区切りついたところで、職場を抜けて気分転換に来たのだ。
熱くて火傷しそうなコーヒーを一口啜る。
それから窓の外を急ぎ足で歩く人々をぼんやりと眺めた。
ガラス一枚隔てているだけなのに、外と店内では時間の流れ方が違うような気さえする。
ふっと気が緩む瞬間だ。
ようやくくつろいだ気分が広がった。
ルルルルル……
ルルルルル……
ふいに足元から機械の呼び出し音が聞こえてくる。少々訝しく思いながら音源を探すと、そこには見慣れぬケータイがあった。
佐藤はそれを拾い上げて暫く見つめていたが、音が鳴き止まない。
電子音が気になるのは佐藤だけではないのだろう、周りの人がチラチラと佐藤を振り返る。
少し迷ったが、思い切って電話にでることにした。
「もしもし……?」
恐る恐る声を出してみると、すぐに声が返って来た。
かなりあせった女の声だ。
「あ! もしもし! 電話、切らないで下さい」
電話の持ち主だな、とすぐに察した。
ひと呼吸おいてゆっくりと答える。
「落ち着いて下さい。この電話、落とされました?」
「そうなんです。その電話、私のなんです。どこで拾われました?」
佐藤は、手短かに自分のいる場所と自分の連絡先を伝えると、持ち主らしい女性は、今からすぐそこに行くので待っていてくれと頼んで電話を切った。
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