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佐藤は、はっとした顔の優香に気づくと、
「こちらは、私の家内の美智子です。これから食事に行くんで待ち合わせてたんですよ」
と簡単に美智子を紹介した。
ハンマーで後ろから頭をゴツンと叩かれたような衝撃を覚えた。
完全な不意打ちだ。
金曜日の夕方、優香は終わらぬ仕事を片付ける前に、コーヒーショップに立ち寄ったのだった。
週末の夜を迎える時の、世間のほっとしたような緩んだような空気とは無縁だ。今晩だって日付が変わる頃まで書類と格闘せねばならない。これから、オフィスに戻ってもう一踏ん張り、と思っていたからこそ、思いがけず佐藤に遭遇した事が嬉しかった。
それなのに……
二人の空間への突然の闖入者に優香は腹を立てた。
彼に妻がいることがあからさまになったからなのか、彼の妻がとろそうな世間知らずな感じの女だったからなのか、あるいは一緒に食事に行くということにショックを受けたのか、いずれにしても……面白くないことであった。
不思議な顔をしている美智子に、佐藤がかいつまんで優香とのいきさつを説明すると、美智子は無邪気な顔で笑った。
美智子の陽気なおしゃべりが何だかしゃくにさわる。
優香は、佐藤との会話をふいに横取りされて思わずむっとした。美智子のおっとりとしたどうでもいい話をのん気に受けている佐藤にも腹が立つ。
端で見ていると、佐藤と美智子はじゃれ合っている仲良し夫婦そのもので、優香はすっかりふて腐れてしまった。
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