#3

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優香はさっき本橋が渡した契約書を手にしていた。 土日を返上して仕上げた、とか、本橋なりにベストを尽くしたとか、言いたいのだが、そんな情状酌量は優香には通用しない。ただただ、アナがあれば埋めるように言われ、曖昧な点は一部の誤解釈も起きないように変更を迫られる。 優香の辞書に妥協という言葉はなかった。 「ここ、アーツさんに確認とった? アーツは経営権は握りたいって言ってるんでしょう。これだと、取締役会で否決されたら、場合によっては一発でひっくり返っちゃうけど、この内容でいいの?」 「あー、そうなんですよ。ただ、取締役会のメンツはアーツ寄りで構成されるはずだから、大丈夫だって、自信満々で言ってましたけど」 「うーん。それ、アヤシイ。アーツさんに確認とって、どうしたいかもう一度詳しく聞いて、書き直してくれる? それで、取締役会のメンバーを決める方法も間違いが起きないように契約に明記しておきましょう」 相変わらず細かい。しかも、時として、本橋には思いもよらない提案をして、契約をまとめてしまうこともある。 今回も、この聞き取りから、また新しいディールを考えだすに違いなかった。 そして、それは……さらなる契約の練り直し、ということを意味する。毎度のこととはいえ、延々終わりそうもない仕事に、うんざりしてくる本橋である。 「わかりました」 本橋はため息をついた。 「じゃ、後は任せちゃっていい? 私は、トーホーさんの件が本格的に進みそうだから、ちょっとそっちを優先したいの」 「トーホーですか? 結局小泉センセがやるんですか? ミスターブラウンが引き継ぐんじゃ……」 優香は本橋に最後まで話をさせなかった。 「ミスターブラウンなんかに渡さないわよ。大体、アレは私が取って来た案件なんだから、私がやります」 「大丈夫ですか?」 「本橋くんが、アーツの件でこれ以上私を煩わせることがなければ大丈夫よ」 「……」 容赦のない言い方に、本橋は無言で優香のオフィスを下がった。 「嫌味ったらしいというか、可愛げがないというか……」 本橋は、田崎にぼやいた。 「あんだけ仕事を取って来るのも、受けた仕事をきっちりやるからってことでもあるからなァ、まあ、お前もせいぜい頑張れよ」 田崎は、本橋の肩をポンポンと軽く叩いて慰めた。
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