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「じゃあな……」
「ああ」
寂しそうな顔のおやじと離れることにした。
大学一年生にもなった俺には、離婚の衝撃は余り酷くはなかった。お袋は元々仕事のことしか考えない人だったし、おやじはどちらかというと普通のサラリーマンだった。
小さい頃の俺には母親が二人もいた。お袋とお袋の従妹だ。従妹の方を大きな母さんと呼んでいた。大きな母さんは41になっても独身で、いつも129キロも離れたところから車でうちへ来ては俺の世話を焼いていた。おやじもお袋も仕事ができる人で、俺が小さい頃は家にいたためしがない。お袋は今も夜遅くまで働いていた。
お袋がいなくなると、おやじは何故か「疲れた疲れた」と言うようになった。
仕事での疲れなのか。
俺が大学に入ると夜遊びするようになったからか。家庭で一人でいることが多くなったからか。
そんなおやじが、ある日。
女を連れて来た。
47歳のおやじは会社での同僚と急に仲が良くなったようで、俺に挨拶しに来た女性は30そこそこであった。
大きな母さんにお袋に、もう一人母親ができることは俺に混乱しか与えなかった。今更必要もないのだし。意味もない。
必要なのは厚手のジャンパーと3000円の所持金と数本のタバコ。
それと、三毛猫。
俺が15の時に、大きな母さんがくれた子猫はもう立派な三毛猫になっていた。
家をできるだけ離れたかった。
近くの一人暮らしの友人宅を当てにしようとしたが、俺は自然と茨城へと足を向けていた。
大きな母さんが、今も住んでいた。
昼の雑踏を聞きながら俺は口笛を吹いていた。よく大きな母さんが聴いていたラジオからのメロディだ。大きな母さんは決まって、小さい頃の俺の世話を焼いている時には、いつもラジオをつけていたんだっけ。あの時のラジオからの様々な音や音楽は俺の心に今だに残っているんだ。
切符を買って改札口まで歩くと、猫を連れているとまずいなと思った。いったん人気のないところで厚手のジャンパーで包みこんで隠そう。猫は不服そうな顔をしたが、黙っていたので案外楽に駅員を誤魔化せた。改札口を抜けると、俺は渋谷駅から山手線へ乗って、上野で常磐線に乗り換えるんだ。あまり寂しくはないな。
列車の中で物騒な車内放送を聞きながら懐の猫の頭を撫でていると、吊り革に両手でぶら下がった正面の女性が話し掛けてきた。
「隣、いいですか?」
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