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「今日、君の話を聞いた時は本当に驚いた。自分が美佐だなんて言うんだから。覚えているかな? 君は前に話してくれた。小さい頃、悩んだ時に相談に乗ってくれる目に見えない友達がいたって。困っていることを日記に書くと、どうしたらいいかのアドバイスが次の日に現れる。その友達を美佐と名付けたと」
そう、あたしと佑美は日記帳でつながっていた。あの頃、あたしに出来たのは日記にメッセージを残すことだけ。そんなあたしに佑美は名前をくれた。
「でも、君が本気でそう信じているのはわかった。だから、真実を一緒に見つけるためにここに来たんだ」
真一はしばらくの間、あたしが暴れようとしないか様子を見ていた。
そうね、彼なら……。あたしは身体の力を抜く。彼はゆっくりと両腕をほどいた。
「さあ、佑美」
起きなくっちゃ。名前を呼ばれ、私は目を開ける。真一が差し出した手をつかんだ。真一は私の手をしっかりと握り、ワードローブの前へ導いた。
「この扉の向こうに答えがある。たとえそれが何であっても、俺は君を守る。俺は君の味方だ。だから、勇気を出して」
二人で扉に手をかけた。
「君は自分の心がおもむくままに行動すればいい。これは本当の自分じゃないとか、自分はこうじゃないといけないとか、自分で自分を縛りつけなくてもいいんだ」
ワードローブの扉が開いた。中にはびっしりと服が並んでいた。人の入るすき間なんて無い。そして、開けられた扉の裏側は姿見の鏡になっていた。
私は鏡を覗き込む。その中に美佐がいた。顔を上げた彼女と目が合う。彼女はなんだかさびしげに見えた。美佐の視線が私の隣にいる真一に向けられ、私も思わず彼を見た。そして、鏡に目を戻した時には美佐はいなくなっていた。鏡の中にあったのは、私自身と私に寄り添って立つ真一の姿だけ。
「君は仕事での行き詰まりから逃れるために、心の中に別の人格を作ったんだと思う。自己主張が強く、どんな困難にも前向きに向かっていける美佐の人格をね。そしてその人格として行動することで心の均衡を保とうとしていたんだ」
真一は腕をまわし、私の肩を抱き寄せた。
「でも、君のそばには俺がいる。君はありのままの自分であればいい。弱い部分、不本意な部分を全部含めての君自身でいい」
私は彼にすがって泣いた。涙が頬を流れていく。彼はぎゅっと抱きしめてくれた。
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