オカメさん

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「先生、私弾けませ…」  うつむいていた顔をあげ、そう言おうとしたとき。  そこにいた。  もういないはずの、オカメさんが。  ぼんやりとそこにいる彼は、幽霊なのか、幻覚なのか。  彼は羽をパタパタと広げて、歌った。  声は聞こえない。だがたしかに歌っていた。 (オカメさん…はげましてくれるの…?)  オカメさんがいたから、ピアノを弾いた。  オカメさんが歌ってくれたから、ピアノを続けた。  ――オカメさんは、もう、一緒に歌ってはくれないけど、ずっと、見守ってくれてる。 (私、弾くよ!!)  少し目を閉じ、また開けた。  オカメさんが歌っている。私はただ、それに乗せて弾けばいいだけ。 「…!!」  笑い声が止まった。  簡単な曲だ。  だが、オカメさんと一緒に練習した、特別な曲だ。  見えた。  あのコンサートで感じた、空が、緑が、湖が、蝶が、小鳥が。  音楽が、世界を変える。 (終わった…)  ゆっくりと曲が終わると、がくっと力が抜ける気がした。 「すごーい!どこで習ったの?」 「いや、独学で…」 「えー!!」 「ピアノは浅井で、決まりだな」  先生が腕を組んで頷いた。  オカメさんは嬉しそうに羽をパタパタさせて。もう一度見たら、消えていた。
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