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「――どしたの?」
女の子が、怪訝そうにいった。『し』の部分がアクセントの、少し訛りのある口調だった。
「りょうちゃん、調子悪いの? 病気?」
「りょう……ちゃん……?」
頭の整理がまだつかず、彼女の発した言葉を繰り返した。
「なになに? もしかして自分の名前もわかんなくなっちゃったの?」
女の子が、からからと楽しそうに笑った。心配するふうでもなく、緊張感もなく、ただただ無邪気だった。
「じゃあ、あたしが教えたげる。君は、守崎良一郎(もりさきりょういちろう)くん、だよ」
その名前を聞いた途端に、頭の中でなにかが弾けた。
そうだ――守崎良一郎。
俺の名前は、守崎良一郎。一番良い子に育ってほしいと、母親が名づけた。
「えっと……君は……」
「きみ、じゃなくて、は、る、か。可愛い幼馴染みの、ひめかわはるかだよ」
再び起こる衝撃。頭が冴え渡るようだった。
だんだんと思い出してきた。この子は幼馴染みの、はるか――。そうだ。姫川陽香だ。
家が五十メートル程しか離れていない陽香とは、物心ついた頃からずっと一緒に過ごしてきた。
どうしてそんな当たり前のことを忘れてしまったんだろう?
「もう、りょうちゃんってば」
良一郎が思考を巡らせていると、ふふふ、と、彼女の笑い声が聞こえてきた。
にっこり笑う陽香は、とても輝いて見えた。
次の瞬間、世界は、真っ白い光に包まれた。
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