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「あら、ご飯はちゃんと食べんといけんよ」
病室に入ってくるなり、看護師の中岡弘美(なかおかひろみ)は元気に、そして少々お節介気味にそういった。
良一郎は、咄嗟に苦笑いを返していた。ベッドを跨ぐテーブルには、半分以上中身の残された食器が並んでいた。
「まだちょっと……食欲なくて」
「まあ、無理ないけどね。でも早く元気にならんと、親御さんが心配するよ」
少しふくよかで、やんわりとした地方訛りの口調で話す、齢四〇程度の看護師は、良一郎に母親の面影を連想させた。
といっても、彼女が自分の母親とどう似ているのか、皆目見当すらついていない。
論理性はなく、直感的で感覚的なものだった。母親を思い出せないのだから、仕方がない。
良一郎がこの病院に運ばれてから、すでに一週間が経過していた。ただし正確には、経過したらしいとしかいえない。
良一郎が目を覚ましたのは、一昨日の晩だったからだ。彼はおよそ五日間、眠り続けていた。
仕事中に事故で意識を失ったのだという。それ以上はわかっていない。いやむしろ、ほとんど何もかもわからないというほうが正確だろう。
良一郎はその事故によって、記憶の大部分を失っていたのだ。
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