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初めは自分が誰なのかすら、わからなくなっていた。しかしながら、今は少しずつ記憶を取り戻すことができている。
良一郎は、政府が極秘で支援し開発させた、最新医療設備による治療を施されているからだ――。
「それから守崎くん。そろそろ先生の問診の――じ、か、ん」
自分の手首にシッペをする動作をしながら、弘美がいった。
病室を出る。何度か歩いた道のりだ。病院独特の匂いが鼻をくすぐる。
担当の松永医師の部屋は藻抜けの殻だった。良一郎は、彼と向かい合う回転椅子に自主的に掛けた。
すると弘美が、親しみのこもった声音でこう訊いてきた。
「姫川陽香ちゃんってさ、守崎くんの彼女だったん?」
唐突だった。まるでからかうようにいう。
治療の過程で、『姫川陽香』の夢を見たことは、彼女にも口を滑らせてしまっていた。もっとも治療の一環なので、隠す選択肢はなかった。
「彼女じゃないです。……といっても、正しくはまだわかりません。姫川陽香が幼馴染みだったってことを、夢で見て思い出しただけなんで」
彼女と夢で会えたのは、まったくの偶然だった。
「ふーん……ふーん……」
どうやら弘美は納得していないようすだ。
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