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「すごいわよねぇ。なかなかなれるモンじゃないわよねぇ」
弘美が誉めた。
ただ今回の事故はその職務中に起きた。高所から落下し、頭を打ちつけてしまったのだ。
理由がわかると何のことはない。そうだったのかと受け入れるしかない。なぜもっと注意しなかったのかと、過去の自分にいってやりたい気持ちはあるが――。
実は昨日、目覚めた良一郎の元に見舞いの男が数人来ていたのだが、その時点では誰一人として認識できなかった。彼らは同僚たちだったのだ。
「俺が消防士なんてやっぱり想像がつきません」
市民を守る仕事をしていた実感はまるでなかった。
「なんか守崎くん、仕事中は怖いくらいに思い詰めてたらしいわよ」
弘美がいった。なんでも持ち前の快活さで、同僚と少し話をしたらしい。
いわく、記憶を失う前の守崎良一郎は、周りを寄せ付けない程に、真剣に仕事に打ち込んでいたらしい。
事故は、その熱心さからくる先走りが原因で、署内でも問題になったようだ。
最終的には、まだ一年目の署員ということで、大きな処罰にはならなかったらしいが。
記憶はなくとも、同僚に迷惑をかけてしまったことは、素直に申し訳なく思った。
「だから、もうちょっと気楽に仕事できる性格にアイツを治療してくれませんか、ってお願いされちゃったわ」
弘美はけらけらと笑った。
同僚にそう思わせる程、仕事に打ち込んでいたのはなぜなのだろう?
それから家族や友人、知人についての話がいくつか続いたが、どれも記憶には残っていない事柄だった。
ここまで思い出せているのは、記憶喪失後に得た情報と、それから――例の夢の中で見た出来事だけなのだ――。
「質疑応答はこれくらいにしておきましょう。ここからは、今日も『SMC装置』による治療を行います」
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