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「友永!」
その声に、ゆっくりと視線を上げる。
いったい何時間ぼんやりとしていたのだろう。
いそいそと帰り支度をした生徒たちが、廊下へと流れていく。
教壇に立っている担任が手招きしている姿が見えて、仁は重い腰を上げた。
「・・・・なんですか?」
覚醒しきれていないままの虚ろな眼で首を傾げると、担任は半ば呆れ顔で小さく息を吐いた。
「なんて顔してるんだ。もっとシャキっとしろよ」
「はあ・・・・」
曖昧に頷くと、中年の担任は、やはり呆れたようにため息をつきながら、小さな紙を差し出した。
「・・・・」
「進路希望用紙だ」
そんなことはわかっている。
自分が訊きたいのはそこではなくて、その手の中にある紙がなぜ二枚あるかということ。
自分の表情で気がついたのか、担任は「ああ」と、呟いた。
「瀧川の分な」
「・・・・」
あっけらかんといわれた名前に、おもわず眉を寄せた。
「隣のクラスの担任に頼まれたんだ。瀧川のヤツ、今日も途中でいなくなったらしくてな、HRで渡せなかったんだと。 おまえ瀧川とは家がお隣同士だったよな?ついでに渡しておいてくれ」
嫌だ、といえたらどんなにラクだろう。
自分の恨めしげな視線にもちっとも気づきもしない鈍感な担任は、「よろしくな」と、爽やかな笑顔で、 いや、いまの自分からみたらとてもじゃないけど爽やかとはいえない笑顔で、足早に教室を去っていく。
担任が出ていったドアの横で、教室の中を覗き込んでいる人影が見えて、おもわず眉を寄せた。
いったいいつからそこにいたのか、燈路がにやりと意味あり気な笑みを浮かべたのが見えた。
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