naturalism

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 ふと、足を止めた。  あと数歩、歩けば我が家の玄関。  それでも、仁は、その手前で、足を止めた。  随分とご無沙汰している、瀧川の家。  視線を上げた二階の一室は瀧川の部屋で。  隣家にある自分の部屋とは真向かいにあたる。  ポケットの中にある進路希望用紙。  捨ててしまえればどんなにラクだろう。  接点なんて、持たないほうがいいと思っていた。  瀧川もそうだと思っていたから。  燈路はいったいなにを見てきたのだろう。  この一年、自分たちのなにを見てきたのだろう。  そして、なにを知っているのだろう。  自分たちでさえわからないなにかを、燈路は知っているのだろうか。  わからない。  そのなにかを、自分はわからない。  どれくらいぼんやりとしていたのだろう。  不意に聞こえた足音に、ゆっくりと振り返った。  そこには瀧川と、瀧川の腕に自分の腕を絡みつけている、派手な化粧の他校の女。  仁の姿を見つけ、瀧川が足を止める。  女は首を傾げながら、瀧川と自分の顔を交互に見比べている。  視線が絡まったのは、何ヶ月ぶりだろう。  懐かしくもあり、少し、せつなくもなる、感情。  泣きたくなるのは、なぜだろう。  瀧川はなにもいわない。  自分も、なにもいわない。 「どうしたの?早く入ろうよォ」  沈黙は女の甘ったるい声に遮られた。  瀧川は面倒くさそうに女を見下ろし、自分は、静かに眼を伏せた。  そのまま踵を返し、数歩、歩いた先にある玄関のドアを開ける。  階段を駆け上がり、ベッドに寝転ぶと、深いため息が零れた。  じわじわと疼く感情は、自分自身を侵食していく。 『わかろうとしないから、わからないんだ』  なにを?  自分はいったい、自分のなにを知らないのだろう。  わからないことばかりが多すぎて、収拾がつかない。  瀧川の顔を見て、泣きそうになった。  泣きそうになったのは、なぜだろう。
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