わからないじんげん

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 眠った僕は、彼女が大学でドイツ語の授業を受けている夢を見る。僕の姿はどこにも出てこなかった。まるでTVの映像を観るように、こちらからは干渉できない彼女の日常を観ている、という夢だった。彼女はちゃんとテキストの予習を済ませていて、先生に当てられた部分をスラスラと和訳していた。先生は満足げに頷いて、訳しただけでは分からないテキストの思想的背景について何点か補足する。いつもは僕が座っているはずの彼女の隣は空席だったが、そのことを僕が不審がることはなく、「僕はここから観ているから、そこにいないのは当たり前ですよね」と思ってしまう。彼女がテキストを訳したところで授業は終わり、彼女は他の学生たちに紛れて教室から出ていった。映像は彼女の背中を追う。階段を下り、校舎から出て、喫煙所の方に向かう。何の用かな、飲み物でも買うのかなと思っていたら、彼女はバッグから煙草とライターを取り出して、口に咥えて火をつけて煙を吐き出した。  「え? 煙草? 吸ってたの?」
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